2009年11月14日土曜日

遅ればせながら秋アニメ

秋アニメの視聴状況。

S(超期待):
A(期待大):
「こばと」
「とある科学の超電磁砲」
「そらのおとしもの」
B(そこそこ) :
「ささめきこと」
「テガミバチ」
C(微妙) :
「けんぷファー」
D(切った):
「乃木坂春香の秘密ぴゅあれっつぁ」
「生徒会の一存」
「夏のあらし!春夏冬中」
「にゃんこい!」
「クイーンズブレイド」
「戦う司書」
「空中ブランコ」 
「ホワイトアルバム」

簡易感想
「こばと」
 CCさくら世代としては、CLAMPワールドは好きなのです。
 主人公の設定が小出しなので、深夜アニメと違って長い目で
 見ていくのがいいかと。

「とある科学の超電磁砲」
 「禁書目録」の方は、どうも上条さんの行動が気に入らなくて
 あまり観ていなかったのですが、こちらは気に入りました。
 変にシリアスになりすぎないよう、このままコメディタッチで
 進めて欲しいと思う。
 いや、シリアスなのが嫌いってわけじゃなくて、インデックスの
 時に原作はシリアス展開になると鼻につく御都合主義展開になると
 思ったので。

「そらのおとしもの」
 水島監督のエロギャグアニメのノリだと思ったら違った。
 センスは突き抜けているので、このままいくとこまでいって欲しい。

どうも、最近は評価基準がコメディのセンスに偏っている気がする。
シリアスものの評価が厳しすぎだろうか。

2009年11月13日金曜日

差別される人は、他の差別を受ける人を慮る余裕がない

知的障害者の置かれた状況に相次ぐ怒りの声「浦安・女児わいせつ事件」第3回口頭弁論@JanJanニュース

私は、警察でも検事でもないし、報道された情報のみでは、
この事件について信用性を判断することはできない。
ただ、証拠が不十分だとしても犯罪は犯罪なので、
事実を追及すべきだと思うし、疑わしきは罰せずという
原則がある以上、信用性が疑われる以上は、容疑者を
罰することはできない、というのも解る。

ただ、被害者が健常者であっても、大人であっても、
「被害者証言を容疑者が否定している」という構図は
よくありそうな事で、被害者証言以上の証拠が
求められるのではないか。

「証拠がなければ罰する事ができないのか」と
憤る被害者側の気持ちも解るが、証拠がなければ
罰するべきでない、という原則は崩せないと思う。
「障害者だから、子供だから、と証言を軽く見られている」と
警察や検察や裁判官を非難するのは、やはり違うのではないか。

わいせつ行為自体は行われていたけれど、どの程度か、が
問題になっている場合、これもやはり証拠がなければ
軽いものになってしまう。

証拠を残さず犯罪を犯せば、それは裁かれないのか、と
言われれば、本当に証拠がないなら裁きようがないよね、と
答えるしかない。
実際、警察や検察はその証拠を探すのが仕事なのだから。

確かに、障害者の証言に信憑性がないというのは差別である。
でも、問題行動の多い教師だったから有罪に違いないというのも
差別ではないか?

ひっかかるのは、この容疑者が児童ポルノを所持していた事について、
単純所持を禁止するべき、という論調になっている点だ。
児童ポルノの所持自体は、現状はギリギリ白なグレーゾーンであるが、
この事件を持ってそれを黒と認定するならば、所謂グロ画像系の
蒐集も異常な欲求として裁かれる対象になってしまう。
児童に対して性的な欲求を感じることは、教師の資質としては
甚だ問題だが、それ自体は犯罪でも何でもない。国民全てに
与えられた、思想の自由の範囲である。
その欲求を実現する事が犯罪なのであり、実現に近いポジションに
そうした人を配置することは不適切ではある。
だから、「教員免許を所持する者は児童ポルノを蒐集しては
ならない」という決まりを作れば済むことではないか?
児童ポルノの蒐集は、「犯罪ではないが、教員としては不適切」な
行動、程度に留めるべきだ。

被害者が加害者及び加害者予備軍となるグループに対して憎悪を
持つのは当然であるが、その憎悪を持った攻撃は、これまで
加害者だった者を被害者にする。差別された者が、他の人を
差別するのに積極的になってしまうのだ。

障害者への差別・子供への差別と同様に、ペドフィリアたちへの
差別もあってはならない事である。
犯罪者への差別も同様で、犯罪を犯した者はその犯罪に見合った
罰を受ける。それは概ね、有罪が確定した際の、社会的信用の
損失を含むもので、機会からスポイルされることはあっても、
暴力を受けたり差別を受けるべきではない。
ましてや、「犯罪を犯す恐れのある」者は犯罪者ではないので、
余計である。かつては障害者がその立場だったのに、今や、
ペドフィリアがあたかも既に犯罪を犯したかのように差別を
受けているのである。

「そういう奴が存在することが不快だ」という感情を持つ人が
多数派ならばそうした人を排除することが民主主義なのか?
先人たちが艱難の果てに勝ち取った「人権の平等性」と
「思想の自由」を、愚かな多数派が放棄してしまうのを、
良心を持った人間は止めることができないのか?
かつて、「障害者が不快だから排除しよう」と抑圧されていた
人たちが、今度は「ペドフィリアが不快だから排除しよう」と、
攻撃する側に回ってしまっているんじゃないか?

→アグネスがアップを始めたようです
「考えるだけで犯罪である」と主張する思想統制派は、
とても厄介です。
「思想統制するべきだ」と考えること自体は自由なんですけどね。
愚かなだけで。願わくば、正しい倫理を持った大人全員が
そうした人を無視することを。
でも、ネタとして面白いから皆いじっちゃうのよね。
それが思想統制派に対する差別だ、と言うならもう少し考えるけど、
現状はただの幼稚な屁理屈にしか聞こえないんだよなあ。

余談ですけど、死刑についても同じことが言えます。
多くの人が死刑を望んだら、死刑を行うことが許されるのか?と
いう問題。私は、「本人が死刑になることを望んだ場合」のみ、
死刑が下されるべきだと考えています。
これって、死刑反対派からは「例外を認めてしまえばそれは
死刑賛成派と同じだ」と言われ、死刑賛成派からは「これだから
死刑反対派は・・・」と言われるのですが。
この辺はいつかまた別のトピックとして。

・・・死刑とかペドフィリアとか障害者とか、すごく
デリケートな問題なんですよね。本来、軽々しく語っていい
問題じゃないんですが、直近の問題として
「奴らを差別してしまえ!」と言う人たちがいるので、
どうしても「ちょっと待て!」と言わざるを得ないというか。

あとは、差別的発言と言論の自由、というトピックも
あるのか・・・。

2009年11月12日木曜日

オタクの被害者意識と競争心、差別について

英語の「オタク」:ギークとナードの違いは?@WIRED VISION

日本でも、コンピュータ系のオタクと萌え系のオタクで扱いが
違ったりするように、アメリカでも同様らしいです。
傍から見たらどちらも大差ないように見えますが、本人から
すると「あんなのと一緒にするな」的な。

オタクをピクっとさせる10の発言@WIRED VISION

あるある。解ってない人が、解ってる人のこだわりを
馬鹿にする構図。

今の日本のオタクを挑発するなら、「彼氏が××だった。
恥ずかしい、別れたい」と言えばいいと思うよ。

2009年11月11日水曜日

広告が信用を下げるということ

googleAdsで、「漫画の新人賞を取る方法」とか
「働かずに確実に年収を増やす方法」みたいな
怪しいのは載せないで欲しいなあ。
googleの信用にも関わると思うんだけど。
この手のって、どうやってもフィルタリングできないん
だろうか。単に、金さえ出せば怪しいスパム広告でも
通しちゃってるんだろうか。

ちなみに漫画の新人賞を取るだけなら、担当編集者さんと
仲良くなればそこそこのレベルでも取れます。
その先が続かないけどね。

昔は、割と「絵は描いてるうちに上手くなるから、
ストーリー重視」な編集者さんが多かったけど、少し前に
「即戦力になるためには、やはり画力が大事」という方向に
シフトして、最近は「編集者に、『売れそうだ』と思わせる
プレゼン力」が重視される傾向にあります。

私はしばしば、「自分はかつて漫画家を目指していたけど
挫折した」というのを自分がやる気がない言い訳にしたり
しますが、それは怠惰であることへの言い訳に過ぎないことは
自覚してるんです。
それで、親が子供に言うように「漫画家目指すのもいいけど、
ダメだった時の滑り止めは用意しておけ。後がない背水の陣
敷いたって、自分にとっては何のプラスにもならない」ってのを
言うのですが、それは決して夢や希望を諦めろと言ってる
わけではなく、進学とか就職って、厳しいと言っても漫画家に
なることの競争率に比べたら屁でもないわけです。その程度
片手間でこなせなくて漫画家になっても、続かないよと。

とはいえ、諦めた自分が目指してる人に言うと、才能に嫉妬して
妨害しようとしていると取られかねないし、実際自分にそういう
気持ちがないかといえば、全くないとも言い切れないところも
あって複雑なのです。

夢や希望であるうちはいいのですが、それが欲望になってしまうと、
途端に醜くなってしまいます。
その境界をどこで引くかは人それぞれなのですが。

2009年11月10日火曜日

ルサンチマンという言葉、煽りとしての2ちゃんねるまとめサイト

ルサンチマンという言葉は、「俺は学があるからこんな専門用語も
使っちゃうぜ」的な考えを持つ人間の使う言葉、というイメージを
持たれている傾向にあり、使うのをためらっていたのだけど、
状況を説明するのには便利な言葉なのよね。
大雑把に定義すると、不特定の誰かに対する不満とか嫉妬とかそういう
ネガティブなモヤモヤの感情のこと。興味のある方は調べてください。
とりあえずウィキペディア。

2ちゃんねるは、複数の板に分かれてて、各板で個性が違うんです。
昔のパソコン通信とかニフティフォーラムのような罵り合いを
匿名でやっているというのが2ちゃんねるのイメージだったのも
今は昔、最近の2ちゃんねるはニュース速報系が強すぎるイメージ。
趣味系、学問系、技術系、エロ系では相変わらず慣れ合ったり
罵り合ったりしてるのだけど、ニュース速報系は、内部で叩き合わず、
外部を攻撃する傾向があります。

喜:ニュー速VIP
怒:ニュー速+
哀:ニュー速
楽:(その他の板)

という感じ。

何もかもを笑いとばすVIPPER、何かにつけ誰かに噛みつく+民、
何を見ても自虐的に落ち込むニュー速民。

で、なかでも最近+民がクローズアップされがちなのが
気になっています。
ルサンチマンという言葉を体現しているような存在たる+民の
発言が2ちゃんねるまとめサイトで取り上げられ、それを
読んだ2ちゃんねらー気取りの「2ちゃんねるまとめサイト
ウォッチャー」(長いので以下「まとめヲ茶」)が
益々声を増幅させる。

最近は、2ちゃんねらーよりもまとめヲ茶のが圧倒的勢力で、
何と言うか、安全な場所から人を見下してる感じで
気に入らないのです。

以前、某まとめサイトにグロ画像へのリンクが貼られてるレスが
そのまま掲載されてて、「グロ画像削除しとけやボケ」的な
コメントが散々ついていました。
要は、(グロ画像を踏む等の)2ちゃんねる的リスクを
回避しつつ、でも2ちゃんねらー的アングラな文化の中に居たい、と
いうライトな人間が増えている、とそういう話。

一種、既存メディアのようなバイアスがかからないので中立かのように
見えますが、結局そこには2ちゃんねるまとめサイト管理人による
バイアスがかかっているのです。
実際、2ちゃんねるにはもっと面白味はないけどたくさんの
少数派意見があるわけで。

まとめヲ茶はまとめヲ茶で、全然居ていいのですが、あまりに
人数が増え過ぎ、あまりに「お客様気分」で不快になる場面が
多くなっている気がします。

2009年11月8日日曜日

性的マイノリティと差別のはなし

こないだのエントリに続き、二次コンの話。
関係ないけど、字面だけ見ると合コンの二次会みたいですね。

20代の人になると良く解らないのですが、私と同年代の
30代男性では、二次OKな人はおよそ3割程度、
そのうち50%は「どちらかと言えば三次のが好ましい」と
考えて、30%は「どちらかと言えば二次のが好ましい」、
残り20%、つまり全体の6%が「三次はダメ、二次オンリー」
(これはあくまで現状で、過去には三次OKだった人を含みます)
というイメージ。

昔の二次コンは、「俺はこのまま一生三次女性を愛せないんだろうか」
なんて悩んだものだと思いますが、昨今はそうでもないのかしら。

二次コンは、現状の区分けだと、フェチの一種になるみたい。
ハイヒールとかラバーとか、そういう「モノ」に対して性的興奮を
覚える、といえば確かにそうかも、と思うのですが、二次の
やっかいな所は、擬似的な人格を保持していて、三次元女性の
代替になってしまう面なのでしょう。

二次コンと割と一緒に語られるのが、ペドフィリア、いわゆるロリコン。
二次コンの話と見せかけてロリコンの話。

ロリコンにも二次と三次があって、ロリコンの半分ほどは
二次のみ、つまり「三次ロリは引くわー」とか言うタイプ。
残り半分が、「三次もOK」か「三次のみ」。

ここでは、和姦前提です。いやまあ、法的には合意の上でも
和姦じゃないのですが、一応本人には、行為に対する自覚が
あった上で同意しているという定義で。

ロリコンと二次コン、どちらも欲望が成就することがない、という
意味では同一なのですが、前者は危険人物扱いなのに対して、
後者は「モテないんだもん、仕方ないよね」と容認される傾向。

最近思うのは、ロリコンに人権はないのか?ということ。
実行即犯罪、という事実がある以上、予備軍扱いなのは仕方ないの
かもしれないけれど、ロリコンである事をそれで辞められるわけで
なし、ロリコンはいつまでも葛藤し続けなければならない上に
迫害され続けなければならないのだろうか。

誰かを殺したいと望む程人を憎んだことがある、という人は
犯罪者予備軍として葛藤し、迫害されているだろうか?

かつて欧米では同性愛が犯罪で、小児性愛は割と普通でした。
日本ではどちらも普通だったかな。
昨今は逆になってますね。

二次コン、ペドフィリア、同性愛と、性的マイノリティが
迫害される歴史に枚挙は尽きません。
いつか、二次コンやペドフィリアが。同性愛者たちのように
自分たちの権利を主張する日が来るのでしょうか。

2009年11月6日金曜日

更新が滞る言い訳

まあ、こういう更新が滞り、更新が滞る言い訳して、
また更新が滞る末期のブログをいくつも見てきたので、
適度に更新できるように何か考える。

それでも言い訳させて頂ければ、どうも仕事が忙しいときは
何も考えられないし、忙しいのが落ち着いたら今度は
腑抜けて考える気力がない。

結局我々はこうして仕事人間になっていくのか。
仕事嫌いで、仕事をせずに生きていきたいとか
言ってるけど、そういう世の中は無理なのかなあ。

そんなアナタに「ラブプラス」!

いや、まあ、古いオタクとして「ときメモ」の洗礼を
既に受けてるし、やれば楽しいのだろうけど、どうも
恋愛シミュレーション系には一歩引いた感じで見ちゃうなあ。

今はPCで「カタハネ」をプレイ中。
これも数年前の作品なので今更な感じではあるけど、
面倒になると投げだしちゃう昨今、ノベルゲーか
アクション系のが飽きずに遊べるんですよね。